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大掃除

大学で日本語を習っている生徒に会った。最近になって自分の生まれ育った国の良さを心から感じるようになった私にとって、私の母国語である日本語を学びたいと頑張っている人を見るのは大きな喜びだった。今までの私には見えなかった日本や日本語の素晴らしさがこの人たちには見えているのだろうか。どんな風に興味を抱いているのだろう。どうして興味があるのだろう。私が昔、英語に何か神秘的でワクワクする気持ちを持ったのと同じような感覚を彼等は日本語に対して持っているのだろうか。そんな思いをはり巡らせながら、この出会いをとにかく嬉しく思った。

またそんな中、母国語なのにも関わらず日本語を思うように教えられない自分が歯がゆく悔しくもあった。経験からか、英語を日本人や他の留学生に教えるのは難しくないだろうという気持ちはあったが、母国語を教えるのがこんなに難しいものだとは初めて知った。自分の言葉を分解してバラバラにした後にパーツごときれいに掃除してから元に戻そうとするような解析作業。気が遠くなるようにも思えたが、実は大掃除のホコリとガラクタの中から宝物がとび出て来るのではないかと想像してしまうような楽しみも兼ね備えていた。

ワクワクしながら教科書のページを1ページずつめくり教え続けるたびにひとつひとつ宝物が現れ、しまいには私の心の中を一杯にした。こんなに大きなチャレンジが自分に今度いつ巡ってくるかは分からない。だから今を大事に、このチャレンジを私のものにしようと思う。思うだけでなく、行動にうつす。「がんばらなくてもいいんだよ。具体的に動くことだね。」という相田みつをの言葉が私の中で谺した。
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# by lecanard | 2004-02-09 18:39 | オレゴン

よろしく

今まで自分なりに適当に走り書きしていた事を
これからはここにのせる事にしようと思います。

わたしは今アメリカのオレゴン州に人生修行に来ています。笑
そんな自分の人生の転換期をここに記せてうれしいです。

へたな文章ですけど、よろしくです。
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# by lecanard | 2004-02-08 14:48 | 日記

外国人

外国人として外国に住むのは容易なことではないと言う事を生まれて初めて学んでいる。今まで培ってきた自分の価値観や常識はここでは通用しない。当たり前に思っていたことが当たり前ではなくなることがこんなにも人を不安にさせるものかと初めて知った。

他愛もないことだけれど、バックグラウンドを共有できたり、少しのニュアンスを汲み取ることができたりすることの幸せなんて今まで感じた事がなかった。私はここで外国人として生活するには、そんなことも細かく説明していかなければならないし、説明が面倒くさく感じてしなければ分かり合うことはとても難しい。

今まで自分が日本にいる外国人に対して「郷に入っては郷に従え」だとか、価値観が未熟だとか日本に居たくないなら故郷へ帰れ、だとかそんな厳しいことを言っていたと思うと、そんな辛口のアメリカ人にまだ出会っていないことに本当に幸せを感じるし、今まで自分側の岸からしか物事を見られなかった自分の器の小ささに反省を感じたりもする。

でもこれはやっぱり外国に住んでみないと分からない感覚なんだろうな。どんなに本を読んでも人に話を聞いてもやってみなければその感覚と言うのは本当には分かり得ないもの。百聞は一見にしかず。。。か。
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# by lecanard | 2004-02-08 14:32 | オレゴン

なにをいれる?

「タイムカプセルを埋めようよ。」友達の一人が言った。え?この大人が?そう思った。タイムカプセル=子供の遊び。子供は成長する。環境が次々に変化する。だからきっとその時その時の宝物などを埋めて後でどんなに違うか、成長したかを楽しもうとするんだろう。

そういえば3年前のお正月、同僚の一人が「昔の私から年賀状が届いたの。もうそれが下手な字でね、なんて書いてあるか分からないのよ。」と嬉しそうに教えてくれたことがあった。博多万博の時、2000年の私へという年賀状を書く企画があり小学校の全校生徒で書いたらしい。なんと素敵な配慮だろう。郵便局も20年近くも多くの年賀状をとっておいた郵便局はタイムカプセルそのものだったのだ。

この歳にしてタイムカプセルを埋めるなんて大人気ないと思っていた。でもちょっと待って。大人だって成長している。ある程度までいって成長がとまるなんて私らしくないよ。私はおばちゃん、ばばあちゃんになるまで、死ぬまで成長し続けたい。

さて、大人のタイムカプセル、何を入れようか?やっぱり「今」を象徴しているものがいい。「私の今」らしいものを入れたい。好きな音楽、好きな本、好きな人、、、そんなリストを作ってみたけれどなんかしっくりこない。

もしかしてこうやって私が書き続けることが今の私なんじゃないだろうか。ここに書いている事はいつも私の心だもの。私の今だもの。
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# by lecanard | 2004-02-08 14:16 | 日本

誰が変わったの?

今回のアメリカへの出発の際、久しぶりに家族で成田空港まで見送りに来てくれた。考えてみれば私の家族は私が小さい時から家族で行動する事が多かったが、今回の家族総出のイベントにはどこか違うものを感じる私がいた。

私が小学校の頃、核家族化が進みどの家族も両親共働きの家族が増え、私の家族もその例外ではなかったが、行事ごとになると私の家族はいつも一緒だった。運動会にも両親はもちろん祖父母まで田舎の山奥から呼んだし、私の入っていた消防少年団(ガールスカウトのたぐいの活動)でのキャンプなどのイベントに他の友達は母親しか連れてこなかったけれど、私の場合は両親と姉まで一緒に来た。父親はコックをしていたから、キャンプなどでは美味しい料理の名人と評判だった。授業参観にも両親で来たり、母親だけが子供の教育に携わるのではなく、父親も参加したりした。高校の親子面談には毎年父が来た。そんなことをしているから私の家族は目立つ事が多かった。

3歳年上の長女はそんな家族活動が恥ずかしくてたまらなかったようだった。彼女は私の消防少年団の活動にみんなが来たようには彼女の活動に家族を参加させることをイヤだと言ったし、家族総出で学校などの行事に参加されるのがどうも苦手のようだった。イベント事だけではなく、両親の仕事場が通り道だからと中学校まで車で送ってくれるというのにそれも恥ずかしく、他のクラスメートに会わない裏道で毎朝降ろしてもらっていた。当たり前だがどんな事も年上の彼女が先に経験するわけで、私はそんな彼女をずっと見てきた。そして彼女の態度に落胆する両親も見てきた。そうして知らないうちに私は私の役割を担ったような気がしていた。役割とは、それは両親の期待に添う事。両親が「家族で一緒にキャンプに参加しようか!」と言えば二つ返事でOKするし、何事にも家族でやろう!という意識を私も両親と一緒になって家族の中で高めてきたような気がする。両親は私が天真爛漫で家族活動に全く異論を唱えない心の広いopen-mindedな子なのだと思っていただろうし、そう思われるのも悪い気はしなかった。でも実のところは、消防少年団のキャンプに家族総出で参加したのは私の家族だけで、「ちょっと私の家族だけ張り切り過ぎてて恥ずかしいなぁ」と思ったことなどもある。

ただ、今思うとそれはそれで良い結果を生み出したように思う。実際心の奥底ではちょっと恥ずかしかったけど、でも両親の望みなのだろうと勝手に解釈してやったことが実は両親の為なんかではなく、すごく楽しかった良き思い出として今では私の心の中に残っている。

今回の見送りは昔のように恥ずかしくも何ともなく、昔の私の家族活動の延長でも全くなかった。どうしてこんな変化があったのか。誰が変わったのかと言えば、それは正真正銘、この私。家族といることがなんと素晴らしい事で心地の良い事で嬉しい事なのかと言う事を、自立してみて初めて味わった。ここには昔の恥ずかしかったけど両親に気を使って「いい子」を演じる私の姿はもういない。ここにいるのは「いい子」ではけっしてない出来損ないの娘だけど精いっぱいに両親と姉に感謝し、自分の産まれたことに感謝する生身の私の姿だけだった。
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# by lecanard | 2004-02-08 14:08 | 日本

「つるむ」ということ

私は今まで「つるむ」という言葉が嫌いだった。固まって何かをする。団体行動しかできない日本人のようで嫌いだった。だが、カーンとの出会いはその考えを覆すものだった。

私のベトナム系アメリカ人の友達、カーンはロサンゼルスの南、オレンジカウンティーという地域に住んでいる。彼女と私の出会いは東京の小さな町のパン屋さんだった。その時ちょうど私はアメリカ人の2人の友達に「これはあんぱんよ。」だの、「メロンパンだけど、メロンが入っているわけじゃないのよ。」といちいちパンの説明しているところだった。カーンはアジア系の外見で私には日本人に見えたので初めてカーンに英語で話しかけられた時は不思議な感覚だった。だが、すぐに彼女もその店の30種類も40種類もあるパンのセレクションからどのパンが食べたいのか混乱していたということが分かった。それでまた私の日本の美味しいパン紹介は1から始まった。そうして出会った私たち。

その後も連絡を取り合い、今回カリフォルニアの彼女のお家にお邪魔させて頂いた。彼女の家族はベトナムからの移民。8人で一つ屋根の下に住んでいる。彼女の家はアメリカなのに日本の家にも似た瓦の家で、中に入ると聞いたことのない(多分ベトナム語)のTV番組を観ながら何かしらのカードゲームをしているカーンのおじいさまとおばあさまがいる。ベトナムの家族のお家ということで、私の苦手なコリアンダーの匂いがしたり、ココナッツミルクの匂いがするのかと思ったけど、そんなことはなく特に変わった匂いはしなかった。

それからカーンは一人一人家族を丁寧に紹介してくれ、おじいさまもおばあさまもベトナム語なまりの英語で「welcome, welcom」としきりに言ってくれた。そのあと、友達を紹介してくれるというので、どんな金髪のかわいい男の子を紹介してくれるのかと思っていたら紹介してくれた15人、みんな台湾系や、中国系などアジア系アメリカ人。産まれてから今まで18年間アメリカに住んでいるのに彼女の友達はみんなアジアの血が入っているという。面白いと思った。なぜここでこんなにアジア人ばかりが集うのか、と。みんなアジア系の顔をしていても自分のルーツを実はよく知らない若者ばかり。考え方だってほとんどその辺のアメリカ人と同じなのにどうしてこんなにアジア系の友達ばかりなのだろうと不思議だった。カーンに聞くと「なんとなく、気づいたらみんな友達がアジア人だったのよ。」と言っていた。

よく分からず一緒に出かけるうちに何となく分かって来た気がする。育ったのはアメリカでもアジア人にはアジア人通し分かり合える何かがあるのだ。バックグラウンドや考える事や、親の躾など、どこか分かるものがあるのかもしれない。そしてこの人たちはみんな自分が自分でいられる方法をこうして見つけたのだ。それでとても心地がいいのだ。それならそれでいいじゃないかという気がしてきた。グループで一緒にいることで環境に流されるのでは良く無いけれど、それで自分をもっと知るならつるんでかたまるのも悪くないなぁと思ってしまった、今日この頃。
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# by lecanard | 2004-02-08 14:01

まだ現役

昨日長年働き続けた扇風機の掃除をした。この掃除機は私の両親が営んでいたレストランで10年以上も毎年毎年来る暑い夏、レストランに来るお客さんに涼しい風を送り続けてきた。その扇風機のおかげで安らぎを得た人たちはどのくらいいるんだろうか?

私はこの扇風機の隅々までを掃除した。黒くて大きなファンが付いていたファンの中にはたくさんの黒いほこりがたまっていた。表面にはタバコのヤニがこびり付いていた。そういえばあのお店ではタバコを吸う人が多かったなあ。側面にはコーヒーが乾いてこげ茶色のシミになっていた。これは高校生の慣れない私が手伝いでウエートレスをした時にこぼしたアイスコーヒーの飛び散った後だろうか。

家族ぐるみで支えてきたレストランも6年前に幕を閉じた。その跡地は今居酒屋になっている。考えてみれば、私が生まれる前から経営していたレストランはずっとそのままやっていくんだろうと思っていたし、両親が終わらせるなんて心にもなかったし、みんなそれぞれ忙しくてあまり写真もとっていなかった。そしてレストランが終わってみたら、あのレストランから残るものは何もなかった。たくさんの汗だくの思い出くらいだった。

そう思っていたのに、この扇風機は「まだまだ現役!」って顔でたたずんでいた。きれいに掃除して電源をつけるとまだまだ使えるじゃないの。これからまた色々な思い出がこの扇風機と一緒に増えていくのである。楽しみだ。
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# by lecanard | 2004-02-08 13:41 | 日本