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誰が変わったの?

今回のアメリカへの出発の際、久しぶりに家族で成田空港まで見送りに来てくれた。考えてみれば私の家族は私が小さい時から家族で行動する事が多かったが、今回の家族総出のイベントにはどこか違うものを感じる私がいた。

私が小学校の頃、核家族化が進みどの家族も両親共働きの家族が増え、私の家族もその例外ではなかったが、行事ごとになると私の家族はいつも一緒だった。運動会にも両親はもちろん祖父母まで田舎の山奥から呼んだし、私の入っていた消防少年団(ガールスカウトのたぐいの活動)でのキャンプなどのイベントに他の友達は母親しか連れてこなかったけれど、私の場合は両親と姉まで一緒に来た。父親はコックをしていたから、キャンプなどでは美味しい料理の名人と評判だった。授業参観にも両親で来たり、母親だけが子供の教育に携わるのではなく、父親も参加したりした。高校の親子面談には毎年父が来た。そんなことをしているから私の家族は目立つ事が多かった。

3歳年上の長女はそんな家族活動が恥ずかしくてたまらなかったようだった。彼女は私の消防少年団の活動にみんなが来たようには彼女の活動に家族を参加させることをイヤだと言ったし、家族総出で学校などの行事に参加されるのがどうも苦手のようだった。イベント事だけではなく、両親の仕事場が通り道だからと中学校まで車で送ってくれるというのにそれも恥ずかしく、他のクラスメートに会わない裏道で毎朝降ろしてもらっていた。当たり前だがどんな事も年上の彼女が先に経験するわけで、私はそんな彼女をずっと見てきた。そして彼女の態度に落胆する両親も見てきた。そうして知らないうちに私は私の役割を担ったような気がしていた。役割とは、それは両親の期待に添う事。両親が「家族で一緒にキャンプに参加しようか!」と言えば二つ返事でOKするし、何事にも家族でやろう!という意識を私も両親と一緒になって家族の中で高めてきたような気がする。両親は私が天真爛漫で家族活動に全く異論を唱えない心の広いopen-mindedな子なのだと思っていただろうし、そう思われるのも悪い気はしなかった。でも実のところは、消防少年団のキャンプに家族総出で参加したのは私の家族だけで、「ちょっと私の家族だけ張り切り過ぎてて恥ずかしいなぁ」と思ったことなどもある。

ただ、今思うとそれはそれで良い結果を生み出したように思う。実際心の奥底ではちょっと恥ずかしかったけど、でも両親の望みなのだろうと勝手に解釈してやったことが実は両親の為なんかではなく、すごく楽しかった良き思い出として今では私の心の中に残っている。

今回の見送りは昔のように恥ずかしくも何ともなく、昔の私の家族活動の延長でも全くなかった。どうしてこんな変化があったのか。誰が変わったのかと言えば、それは正真正銘、この私。家族といることがなんと素晴らしい事で心地の良い事で嬉しい事なのかと言う事を、自立してみて初めて味わった。ここには昔の恥ずかしかったけど両親に気を使って「いい子」を演じる私の姿はもういない。ここにいるのは「いい子」ではけっしてない出来損ないの娘だけど精いっぱいに両親と姉に感謝し、自分の産まれたことに感謝する生身の私の姿だけだった。
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by lecanard | 2004-02-08 14:08 | 日本