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あひる組応援団長

なんだか見覚えのあるファイル。
もう古ぼけたファイルだけど
子供のときにこれを見たことがある。

「これ、何のファイル?」とお母さんに聞くと
「私の宝物なのよ」という。

へぇ~、こんな古いファイルがねぁ。

「何が入っているの?」
「開けてごらん」

開けると中から出てきたのは、通信簿。

子供のときの通信簿。
お姉ちゃんと私の通信簿。

小学校1年生のからあった。

ふっと、母のぬくもりを感じた。
こんなに長い間、とっておいてくれたんだぁ。

なんだか懐かしく、中を開けてみて
驚いた。

私の成績の悪いこと、悪いこと。

そういえば子供の頃終業式になると
「かわいいあひるちゃん、いた?」と
周りの大人に言われたっけ。

5段階評価で2ばっかりだったから。
ぷぷぷっ笑

小学校低学年の3段階評価(よくできました・ふつう・がんばりましょう)でも
がんばりましょうのオンパレード♪

先生のコメントと言ったら
「花の水やりや、黒板係りの仕事を率先してやっています。」とか
「跳び箱8段に挑戦しました」とか
「バスケットボールでは活躍しました」などのコメントのに続き、
毎年かかさず
「しかし、勉強への熱心さや集中力が欠けています」のような言葉が続いた。

そういえば子供のとき、勉強した記憶が。。。ない。
自分の出来の悪かったのはよく知ってるけど
まさかここまで悪いとはね~。

びっくりすると同時に
私の両親に本当に感心してしまった。

ここまで成績が悪かったのに
ほーーーんとに何にも言わなかったうちの親。

ほったらかしというのではなくて
本当に私が勉強が大嫌いだったから
私はそのうち手に職でもつけて、
勉強とは違う道を歩むだろうと見守っていた親。

もし私が親の立場だったら、
こんな風に自由にさせられただろうか。

親は偉大です。心から感謝。

そして私が教育の分野で働きたいなあと思ったのも
ここに原点があるような気がする。

成績が悪かったから。笑

問題児というわけではなかったが
特に目立つ存在でもなく、勉強もできず
可もなく不可もなく、みたいな生徒だった。

そして小学校1年から短大を卒業するまで
恩師と呼べるような担任の先生に出会うことはなかった。
私の担任の先生はいっつも優等生が大好きな先生だった。
エコヒイキが趣味みたいな先生ばかり。
そういう大人は嫌というほど見てきた。

そういう状況に悲観的になることもなく
のほほんと暮らしていた子供時代だったけど
大人になってちょっと英会話を手伝ったりしてみて
あの小学生の頃からもう、数十年も経っているのに
そういう先生っってまだまだうじゃうじゃしてることに気づいた。

そんでここらで
あひる組応援団長として、いっちょ旗揚げちゃおうかな~
みたいな気分になったわけです。

学校の成績が悪くたって
色々なことが不器用だって
がんばれぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!!

あきらめるのはまだ早い!
人生何事も遅すぎることなんてないんだぞー。


あ、これって今の自分にも言えるわ。ははは
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by lecanard | 2004-09-21 16:10 | 日記